アリストテレスな掃除について考えてみた

お水こぼしたの誰?

またポポ??

ポポ

ワザとじゃないもん!

怒んないで!!

ホントに掃除してもしてもキリがないわねぇ
掃除機をかけ、やっと落ち着いたと思ったら猫が走り回って、器をひっくり返して水をこぼす。
雑巾がけをして床がすっきりした途端、歯磨きをしている家族がポタっと口から歯磨き粉をたらす。
トイレをキレイにした矢先、猫が待ってましたといわんばかりに臭いものを出してくる。
これが我が家の日常です。
きれいといえる状態は一日においてほんの一瞬。
そのきれいという状態はあまりにも短く、完璧というにはほど遠いのが日常の大半なのです。
しかし、人間ですから、頑張った成果が一瞬にして消え去ってしまう無情さにグチとため息が出てしまいます。
ですが、つい先日、アリストテレスにまつわる話を読んで考えるところがありましたので、それについて書いてみようかと思います。
学生時代に倫理学を専攻した人なら必ずお勉強する有名な哲学者です。
世界のあちこちで、銅像、石造になっています。
アリストテレスは、紀元前4世紀に活躍した古代ギリシア人。
ソクラテス、プラトンとともに西洋哲学者の一人と称され、「万学の祖」とも呼ばれています。
特に動物に関する体系的な研究は古代世界では東西に類を見ないほどすごかったよう。
また、あのアレクサンドロス大王の家庭教師であったことでも有名な人です。

キネーシスとエネルゲイア

アリストテレスはいろいろな概念を提唱していますが、そのなかの一つにキネーシスエネルゲイアというものがあります。

どちらも運動にまつわる言葉なのですが、内容が異なります。

定義をちょっとご紹介しますね。

 

キネーシス:始まりと終わりがあり、終わりに向かって直線的に向かうような運動

エネルゲイア:始まりと終わりはなく、行為の中に目的があり、それ自体特にきまった終わりがないような運動

 

なんだか分かったような、分からないような定義です。
そこで、キネーシスとエネルゲイアを区別するためによく例えられる、「歩く」という行為でもう少し説明してみます。
駅とかお店とかに向かって、できる限り効率よく歩こうとするのがキネーシス。
どこかに行こうという目的はなく、ただ歩くということを楽しみ、途中で見つけたお店に立ち寄ってみたりというのがエネルゲイア。
同じ歩くという行為でも、全然違いますね。

掃除にエネルゲイア

なぜ私がこんなキネーシスとエネルゲイアなんていう、耳慣れない言葉を説明したかというと、この考え方が掃除にピッタリなんじゃないかと思ったからです。
何かとせわしない現代社会。
忙しく暮らしていると、効率重視、成果重視なキネーシス的活動をしがちなのではないでしょうか。
ですが、掃除をはじめとした家事は毎日のことであり、人間が生きて生活しているうえでは究極的には終わりがないもの。
もちろん、掃除や家事を仕事とする場合は別ですが、少なくとも家庭生活においては完璧な終わりが来ることはあまりないと思います。
ならばいっそのこと、その行為そのものを楽しむエネルゲイアという思想を取り入れて、気持ちをラクに、楽しんで取り組んだらどうでしょう?
完璧でなくてよし!ほどほどでOK!
きれいな状態をゴールにするのではなくて、掃除という行為自体を楽しんでみる。

もしかすると、掃除に没頭し、心も体もスッキリ、ついでにおうちもピカピカなんていうのが理想なのかもしれません。

アリストテレスの言葉はこのような言葉も残しています。

快楽は本来『活動(エネルゲイア)』にほかならず、それ自身目的なのである。

活動なくして快楽は生じないし、他面もまた、あらゆる活動を究極的に完璧たらしめるものは快楽なのである。

つい結果がすべて、いかに効率を上げるかを考えてしまいがちですが、キネーシスだけの生活は息苦しい。
エネルゲイアのように瞬間を楽しむ姿勢が日々の何気ない時間を豊かにしてくれるのかもしれません。
古代の智者アリストテレスも掃除につなげるとはビックリでしょうが、ゴールを目指すのではなく、過程を楽しむというゆるいスタンスで掃除をしていきたいと思います。
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